◇ 来[3]
2009-08-10


部屋を片付けてさっぱりしたら、景気のいい声が近づいて来た。
「おうっ! どうでい、調子は!」
「さっきまでは良かった」
「いまはどうした!」
「おまえが来たから調子が狂った」
「ぁに言ってやぁんでい。こちとら約束だから来てんじゃねえか」
「何だよ約束って」
「あれだよあれ、あのからっきし何だったべらぼうな何のあれが」
「まあ落ち着きねえ。そんな砂をまき散らされちゃ、せっかく片付けた部屋が台無しだ。まあ水でも飲んで」
「水?」
「ああ水だ」
「水があるのかい?」
「なけりゃあ出さねえよ」
「まいったねこりゃ、へへっ! 水をいただけるんでげすかっときたもんだ」
「そんなタイコモチみたいにならなくても水くらいちゃんと出すよ。ほらちょっとだけど大事に飲みな」
「お、こりゃあ何とも、水のように透き通ってらあ」
「まあ、水だからね」
「たはっ。聞いたかい? 揺らしたら、たぷん、なんて言いやがる」
「そうかい?」
「ほら、たぷん! な、たぷん! おおおっと、いけねえ。危ねえ危ねえ。あやうくこぼしっちまうところだったよ。ぜんてえ、水ってえものは古来、覆水盆に……」
「能書きはいいから早く飲みなよ」
「んじゃあ、遠慮なくいただくよ。んぐっんぐっんぐっんぐ」
「噺家が酒を飲んでるみたいな飲み方をしやがる」
「ぷはあ〓っ。うまいね。こんな純度の高い上物のブツはなかなかお目にかかれねえ」
「おいおい人聞きの悪いことを言わないでくれよ。いま世間じゃそういうの、何かとうるさいんだから」
「安心しろ。尿検査は絶対に断るから」
「だからそういうことを言うんじゃないよ。で、何なんだい、そんな泡食って駆けつけて来て」
「おう、それだ! まあ聞きねえ。こないだ湯島砂丘で見つけたあのケッタイな入れ物覚えてるか」
「うん。薄気味悪いものがいろいろ詰まっていたって」
「おうよ、おれぁホントに驚いたんだが、あれがおめえさんの言ったとおり、やっぱり生き物らしいんだ」
「生き物? 本当に? あれが? 歩き回りでもしたか?」
「冗談じゃねえ。あんなのがうろちょろし始めたらおれぁおっかなくってこうやって外に出てくることもできゃしない」
「じゃあどうして生き物ってわかった?」
「それがさ。あいつら水を吸って育つらしいんだ」
「贅沢なやつだね」
「うちの研究所はほら、金さえかければ水はつくれるからってんで、あいつらにくれてやったんだ。そうしたらどうなったと思う?」
「お礼を言った」
「しゃべらねえよ! あいつらはしゃべらねえよ。人間じゃねえんだから。っつーか、こっちはあれが生き物だってだけで驚いてるんだ。しゃべったらまずそこから話すだろうが」
「じゃあ降参だ」
「大きくなるんだ」
「予想もできなかったな。水を吸って育つって聞いてなければ」
「るせーな。聞いて驚くな。あいつら空気中から炭素を取り込んで大きくなりやがるんだ」
「またまた」
「冗談じゃねえって。どうやってんのかはわからねえが、空気中の二酸化炭素を取り込んで、中でばらして炭素を身体に組み込んで大きくなって、残った酸素を吐き出しているらしい」
「なんだって? 酸素を自力で創り出しているってのか?」
「おうよ」
「んなバカな話があるもんか。そんなものがあったら、おれたちの科学なんていらなくなっちまうじゃねえか」
「間違いない。炭素を取り込んで、酸素を出している」
「信じられんな。どのくらいの勢いで大きくなるんだ?」
「大したことはない。でもなんだか薄気味悪いひらひらした緑色のものをどんどん増殖させているのが気になる」
「緑ってどんな色だ?」
「そうさな、おまえの家なら寝室の壁の色をもうちょっと濃くすると緑だ」
「自然界じゃ見かけない色だな」
「薄気味悪いよ、まったく」
「で、どうする?」

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