【お題52】鏡と扉
2008-01-17


「鏡と扉」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「鏡と扉」ordered by miho-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ 遠い記憶

 その建物は小学校へと続く急な坂の途中にあって、我々はそれをお化け屋敷と呼んでいた。ほとんど山登りといってもいいような急坂をしばらく登ると屋敷につながる私道の入り口があったが、そこからは鬱蒼と繁る木立に阻まれて、建物の姿は全く見えなかった。しかし坂の下、麓のあたりから見上げると山の中腹に、建物は街の他のいかなる建物とも違う奇妙なフォルムで異彩を放っていた。

 洋風建築、と大人は言っていたがそんな言葉でくくられるような代物ではなかった。それは巨大な積み木細工のようでもあり、雨風に浸食されたはげ山の岩場のようにも見えた。いずれにせよそれは、人が当たり前に住まうための建物にはとても見えなかった。特殊な意図を持った人が(人々が)特殊な目的を遂行するために用意した建物のようだった。

 ある夏の放課後、数人の友人と誘い合ってお化け屋敷を探検することにした。といっても、お化け屋敷が無人なのかどうかも知らなかった。もし誰か普通に人が住んでいるのならば、人の家に忍び込むことになるわけだから、もちろんそれは泥棒と同じである。頭の片隅でそのことに少しは気づいていたはずなのだが、「お化け屋敷を探検する」というアイデアに興奮して、わたしたちは用心しながら蝉時雨の降る中、先へ先へと進んだ。「誰が一番奥まで入れるか競争だ」と1人が言った。あまりにも困難な挑戦に、みな言葉もなかったが、異論もなかった。

 弓なりになった道が終わる頃、建物は姿を現した。その途端、1人が細い泣きそうな声で「やめよう」と言った。わたしも一瞬心が揺らいだが、ここでやめるわけにはいかないとも思っていた。そこで彼に向かって「ここで待ってな。すぐ戻るから」と威勢よく言った。でも同時に、思っていたより整然とした建物の様子を見て、誰かがきちんと手入れしているらしいことを感じ取った。わたしは三段のステップを上がり、ポーチに立ち、扉を前にして「建物に入るのはまずいんじゃない?」と言ってみた。でも競争を提案した少年ともう一人は口を引き結び、ノブに手を掛け扉を開いた。

 誰かが細い叫び声を上げた。扉のきしむ音がそんな風に聞こえた。わたしはポーチに立ったまま開いた扉から建物の中をのぞきこんだ。そこはホールのようになっていて、玄関はなくそのまま板敷きの床が広がっている。二人は建物に入り、はいってすぐ右手に上がる階段をあがっていく。木の階段がぎしぎしという音がしばらく続く。わたしの後ろの方には「やめよう」と言った子が、蝉の合唱の中たたずんでいる。だんだん目が慣れてくると暗い建物の中には正面に大きな立ち鏡があり、開けはなった戸口に立つわたしのシルエットを映し出している。

 次の瞬間、階段の上の方から叫び声がして、二人が駆け下りてきた。「逃げろ」一人が言った。わたしはあわてて逃げだそうとして鏡を見てぞっとした。わたし以外の誰かが鏡の中からわたしを見ていたからだ。大人のように見えた。その人影がゆらりと動く。わたしは身動きできなかった。飛び出してきた二人に突き飛ばされ、すくみ上がっていたからだが動きだし、わたしたち4人はその場を駆け去った。もう一度振り返った時、そこにはただ開きっぱなしの扉が見えるだけで、中の様子はもうわからなかった。

     *     *     *


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